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2016.09.26

名古屋の零細制作会社が合併した話 – 法律・会計編

大屋慶太 大屋慶太

うずまきデザインとの会社合併を推進した、株式会社デックの大屋です。

零細Web制作会社2社が合併するまでに起こった、様々なできごとを3回に分けてメモしておきます。今後どっかの会社との合併や、吸収を考えている方のお役に立てば幸い。

お互いの会社などについては、第一回にありますので第一回から読んでいただけると分かりやすいです。

 合併の方が会社設立より4倍ぐらい大変でした

今回は株式会社デックが、うずまきデザインを吸収するという感じで合併を進めました。合併プロジェクトの基本は友人の税理士さん・司法書士さんにお願いしました。株の分配や代表の選任など、決めることが感覚的には会社設立のときより2倍ぐらい多かったんじゃないかなと思います。うずまきデザインのアキラさん側でも、様々な手続きをしていると思うので、2人合わせて会社設立よりも4倍ぐらい大変なんじゃないかなと予想します。吸収して終わりと簡単に考えていたのですが、法律的に様々な処理が必要でした。

法律面でのおおよその手続き

今回の合併手順の法律面でのおおよその流れをきさらぎ司法書士事務所、竹内先生よりいただいたのでいかに記載します。

  1. 2社間での合併契約の締結
  2. 2社それぞれで、合併についての株主総会決議(デックで種類株式を発行していたので、通常の株主総会のほか種類株主総会決議も必要)
  3. 債権者保護手続き① – 官報に、合併の公告
  4. 債権者保護手続き② – 2社のそれぞれの債権者(買掛先、融資元等)に、合併通知を郵送
    債権者保護手続きは、会社法で決められた手続きで、合併しようとしている会社に対して、債権をもっている人(法人)が、合併によって自分の債権がちゃんと回収できるかどうか心配なときに、「ちょっとまった!」という機会を与えるという手続き。この手続きを、決められた通りにやりました、という書面を、法務局に提出する必要がある。
  5. 定款変更(今回はなし)
  6. 役員変更
  7. 上記に付随して、印鑑証明書の取得
  8. 印鑑の引継ぎ
  9. デックの合併による「変更」登記
  10. うずまきデザインの、合併による「解散」登記

会計面でのおおよその手続き

会計面での流れは、中野幸一税理士事務所の中野先生よりいただきましたので、以下に記載します。

  1. 株主総会議事録の作成
  2. 株式(会社の価値)の評価算定
  3. 評価算定とは合併比率を割出し、それに見合う株式を被合併法人の株主に割り当てる処理
  4. 合併に際しての税務判断(適格合併、非適格合併か)
  5. 合併契約書作成
  6. 合併日で被合併法人の最後事業年度の確定申告
  7. 合併が完了した後、税務署・県税事務所・市税事務所へ合併した旨の異動届出を合併法人、被合併法人ともに提出
  8. 被合併法人(うずまきデザイン)の最後の資産負債の簿価をデックに引き継ぐ旨の会計処理
  9. 通帳作成
  10. 取引先への案内

めっちゃ金かかりました

様々な手続きの報酬もさることながら、印紙などのお金が結構かかりました。特に「債権者保護手続き① – 官報に、合併の公告」に20万近くかかり、結局なんだかんだ報酬も含めて合計で90万円ぐらいかかりました。

こっから仕組み的な合併を進めます

法律上は合併したのですが、社内制度や就業規則などは事業部制としてまだバラバラに運営しています。とりあえず半年ほどかけて徐々に統一化する予定です。

この大変さを知らずにやって結局よかったと思ってます

会社設立のとき軽い気持ちでうまく行ったので、合併も両社の気持ち的なものが纏まれば法律・会計的な手続きは専門家の方にお任せすれば簡単だろうとナメてたのですが、意外とココが決めることが多かったり、予想外に費用がかかったりすごく大変でした。もしこんなに大変なら、どちらかが怯んで合併はなかったかもしれないので、軽く考えてて逆に良かったかなと思っています。

土壇場で流れそうになって、周りのほれ見たことか感にすごく悔しい思いをしたり、合併後も様々な問題が発生して、合併しないほうが良かったんじゃないかと思うことが今でもあります。でも皆が難しいと思っていた「合併」をやり遂げたからこそ、これからより良い会社にする自信もつきました。月二回の定例役員会議とかも始まりましたしw

今後も色々揉めながら進んでいくと思いますが、それ自体をコンテンツとして今後も挑戦していきたいと思っています。

第三回:仕組編 へつづく

この記事を書いた人

大屋慶太

大屋慶太

株式会社デックの雑用。1999年、世界が滅びることを信じて大学を卒業せずに待っていた所、なかなか破滅が訪れず、仕方なく6年在籍した後に卒業。某大手通信会社系列の企業にて、販促物などを制作するディレクター兼デザイナーとしていちおう活躍。ところが不景気のあおりをくらい、所属事業部が解散となる。途方にくれるもコネを駆使して印刷会社へと潜り込む。面接にて「お前何がしたいんだ」と聞かれ、「ぼく、ゲームがしたいです」と答えた所「じゃあWEBでもやれ」と言われる。WEBデザイナー兼コーダーとして大手クライアントなども手がけ、約5年間在籍。仕舞いには、自分は仕事ができると勘違いをし、30歳の時にフリーとして独立。「スタジオデック」という屋号で数年間活動後、デックを法人化する。いまだに、仕事のほぼ全ては酒の席で決まるという。

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