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2016.07.06

名古屋の零細制作会社が合併した話 – 精神・物理編

大屋慶太 大屋慶太

うずまきデザインとの会社合併を推進した、株式会社デックの大屋です。

零細Web制作会社2社が合併するまでに起こった、様々なできごとを3回に分けてメモしておきます。今後どっかの会社との合併や、吸収を考えている方のお役に立てば幸い。

合併した会社について

まず今回合併した会社を簡単にご紹介します。

株式会社デック

  • 創業2006年6月27日
  • 社員数7名
  • 事業内容はWebサイトや印刷物のデザイン

株式会社うずまきデザイン

  • 創業2012年9月5日
  • 社員数4名
  • 事業内容はWebサイトや印刷物のデザイン

どちらも名古屋の零細制作会社です。2年ほど前から共通の悩み(経理や財務、採用活動、備品、広告宣伝で結構コストがかかってるので、くっつけたらコスト半分ぐらいになる等)があり、合併案はお互い気にしていました。しかしそれぞれのこだわりや、代表の性格が180度異なることから、合併には至りませんでした。

そこで一番大事な共通の理念以外は、やりやすいところから合併を進め、難しいところは後回し。途中でダメになったら、そんときはまた解散という実験的な心持ちで、合併を進めました。私が法人化した際も、そんな感じでしたので、なにかを進める際は結局やってみないとわからないということを改めて実感しました。

法的なところは置いといて、精神・物理的なところから合併を始めました

精神的な部分の合併

コンビニの前で真剣に合併について語る大屋

コンビニの前で真剣(ベロベロ)に合併のメリットについて語る大屋

お互いの企業理念や悩みについては共感する箇所が多いものの、代表権や社名、ブランディングなど独自で持っているものが多いので、そのすり合わせには、だらだら2年ほどかかりました。共感している根本的な考え方(発想やアイデアを駆使して、楽しく仕事をする)をぶれない基本として、独自の考えや意見が異なるところは、どちらの想いを採用するか、ものすごーく時間をかけて調整しました。

時間をかけて1つずつ課題をクリアし、社名はデックを残し、新会社の代表は名前がなくなる方の代表(野崎)が務めるなど、お互いの意見の半々が取り入れられるような形で、方向性が固まりました。

どちらかがものすごくこだわっていて、なかなか折れないポイントも、共感している根本的な考え方に合うのはどちらか?という軸をぶらさないで対話を進めることで、気持ちが変わっていくことが多かったと実感しています。予想通り、ギリギリの段階で1回破談にもなりましたw

精神的な部分の統合は、対話とじっくり時間をかけることが大事だと思います。

物理的な部分の合併

お互いの事務所がたまたま隣同士だったこともあり、まずは両事務所の間にある壁を破壊。これも、また破談になったら壁戻せばいいか、ぐらいの勢いで破壊しました。破壊費用は10万円程度。

「人間関係以外のものを、壊すのは大得意です。」

って事務所の壁破壊を即快諾してくれた、両社が事務所を借りている、マイカフェのオーナー田中さんには大感謝です。

壊す壁には様々な著名人がサインをくれました

壊す壁には様々な著名人がサインをくれました

 

壁破壊現場監督の荒川氏

壁破壊現場監督の荒川氏

 

ものの10分程度で壁を壊すプロ集団

ものの10分程度で壁を壊すプロ集団

 

壁が取り除かれ、うずまきデザイン野崎社長登場

壁が取り除かれ、うずまきデザイン野崎社長登場

その後お互いのメンバーの席を1つの部屋へ固めました。各メンバーのスペースが狭かったり、室温が急上昇したりまだ様々な問題はありますが、メンバーの配慮で今んとこなんとかなってます。

引っ越しにかかった費用は幸いお隣同士でしたので、メンバー全員の半日分の稼働と、アルバイト1名がその他備品整理で2〜3日。あと、不要となった什器の撤去に1〜2万円程度に収まりました。

部屋統合後の雑然としたオフィス

部屋統合後の雑然としたオフィス

物理的な部分の合併は、まずは細かな意見を募らず、とりあえずやってしまうことが大事だと思います。

その後、法律・会計的な合併を進めるのですが…

法律・会計的なものは、信頼できる専門家にお願いすれば、精神面よりはかなり簡単でしょ。と、調子ぶっこいていたのですが、思わぬ事態が多々ありました。

第二回:法律・会計編 へつづく

この記事を書いた人

大屋慶太

大屋慶太

株式会社デックの雑用。1999年、世界が滅びることを信じて大学を卒業せずに待っていた所、なかなか破滅が訪れず、仕方なく6年在籍した後に卒業。某大手通信会社系列の企業にて、販促物などを制作するディレクター兼デザイナーとしていちおう活躍。ところが不景気のあおりをくらい、所属事業部が解散となる。途方にくれるもコネを駆使して印刷会社へと潜り込む。面接にて「お前何がしたいんだ」と聞かれ、「ぼく、ゲームがしたいです」と答えた所「じゃあWEBでもやれ」と言われる。WEBデザイナー兼コーダーとして大手クライアントなども手がけ、約5年間在籍。仕舞いには、自分は仕事ができると勘違いをし、30歳の時にフリーとして独立。「スタジオデック」という屋号で数年間活動後、デックを法人化する。いまだに、仕事のほぼ全ては酒の席で決まるという。

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